特許出願をしていれば・・・

特許出願をしていれば

A社の社長室

1.計測機の中堅メーカであるA社は、長年の研究開発によって、電磁流量計の内部機構に関する発明Xをしてこれを用いた流量計Hを開発した。

2.A社の社長は特許については知っていたが、発明が流量計の内部に関するものであり分解しないと視認できないこと、納入先が主に水道局であることから他社に技術を盗まれることはないと考え、発明Xの特許出願をしなかった。

3.その後、開発チームの一員であった社員CがA社を退職した。これが悪夢の始まりだった。

4.数年後、流量計メーカであるB社から、警告状が届いた。曰く:貴社の流量計Hは当社の特許を侵害している。製造販売を直ちに中止せよ。

5.社長Aは警告状に記載してある特許番号から明細書を取り寄せて見て仰天した。

6.この特許はA社の発明Xであり、発明者がCで権利者にはB社と記載されていたからである。

7.Cは退職後、B社に入社し発明Xの特許出願をしたのである。

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弁理士

8.A社の社長は弁護士に相談した。しかし、元社員Cを訴えるのは難しいとのことであった。

9.これを聞いた開発担当者のひとりが社長に弁理士に相談してはどうかと進言した。

10.社長は弁理士というものを知らなかったが、ウェブ検索で一つの特許事務所を見つけてコンタクトした。

11.この特許事務所の弁理士は特定侵害訴訟代理の資格を有していた(注1)。

12.弁理士は社長に元社員Cが入社時に提出した誓約書をを見せて欲しいと言った。

13.そして誓約書に「職務発明をしたときは、その特許を受ける権利は貴社に帰属します」の文言を見て、特許を取り戻せるかもしてませんと助言した(注2)。

14.裁判では、B社の代理人がA社の特許侵害を主張した。



(注1)通常の裁判で訴訟代理人となれるのは弁護士のみであるが、特定侵害訴訟代理業務試験に合格しその旨の付記を受けた弁理士は、特定侵害訴訟に関して弁護士が同一の依頼者から受任している事件に限り訴訟代理人となることができる(弁理士法第6条)。

(注2)職務発明とは社員がその会社の業務として行った発明をいう。そして、職務発明について予め会社に特許を受ける権利を帰属すると定めたときには特許を受ける権利は発明をしたときから会社に帰属する(特許法第35条)。

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裁判

15.弁理士は、流量計HはB社が発明Xに係る特許出願をする前にすでに水道局に納入されていたことを示す証拠を提出し、B社の特許は無効理由を有するから、B社は権利行使できないと主張した(注3)。

16.さらに、発明XはCが一人でなしたものでなくA社の複数の研究者と共同でなしたものであると主張した。結果、判決はA社の勝訴となり、Xに係る特許はA社に移転された(注4)。

17.A社の社長は勝訴を喜んだ。しかし、裁判に掛かった費用を見て愕然とした(注5)。



(注3)特許が無効理由を有するときには特許権に基づいて権利行使できない(特許法第104条の3)。発明Xを用いた流量計HはB社の出願前にA社によって水道局に納入されていたので、特許は新規性喪失(同法第29条第1項第2号)の無効理由(同法第123条)を有する。

(注4)特許を受ける権利が共有に係るときに、共有者の一人が単独で特許出願をして取得した特許は無効理由を有し(同法第38条および第123条)、当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者は、特許の移転請求をすることができる(同法第74条)。

(注5)A社は主張事実を証明するために、公証人立会の元で、道路を掘り起こして水道配管から流量計を取り外して第三者検査機関で計測し、公証人が作成した「事実実験公正証書」を裁判所に提出した。これに数千万円出費したのである。